詭弁とは「真実のふりをしたもの」です。

まるで正しいことを語ってる”かのように見せて”相手を扇動したり自分を守ることが目的な、都合いい理屈のことを言います。
これはただ間違っているとは違い、意図的に解釈を捻じ曲げているものです。
しかし、概ね人は、真実よりも詭弁の方を信じます。
本当の真実とは複雑曖昧、混沌としたもので不確実性が混ざったものだからです。本当の専門家ほど、断言する発言は避けたりする場面を目にしたことはないでしょうか。これは、本当に正しい事を言おうとすると、他の可能性も捨てきれなかったり、状況によってはそうとは言えないという場面など、より解像度が高い想像が出来るため起こってしまう現象です。
これに対して詭弁は単純明快です。真実の一部だけを借りてそれが世界のすべてのように語り、大衆を煽り、駆り立てます。
そして、そもそも人は正しい事実なんて求めていないという残酷な現実があります。確証性バイアスという脳の認知機能のせいでしょうか。どんなに正しい人が正しい事を言っていても、自分が信じたい、自分の中の事実を信じます。
ターリー・シャーロット著『事実はなぜ人の意見を変えられないのか』ではそのような話がたくさん紹介されています。タイトルの通りですが、これを読んで私は、「本当に人というのは正しい事実なんて求めていないんだな」という事を実感しました。
では真実は詭弁に敗北するのか?
答えはNOです。
詭弁というのは人を動かす力が強いのは前に述べた通りですが、それは瞬間的だったり短期的なもの。不安を煽るものです。対して真実とはゆっくり理解し、理解できた時には視野が、世界までもが広がるものです。
私は真実を求めます。いつか”真実が人の意見を変えられる時”まで。
安井
