やりたいことを仕事にすることは難しい。これは机上の話ではなく、私の肌感でも感じたことです。やりたい事というのは何をしてもいいものです。倫理や公序良俗に反しないのであれば、あえていうなら反してしまったっていい。世間に認められなかろうが、犯罪であろうが、どんな事であれ、やりたい事が本当にやりたいことだと私は思う。
しかし、仕事というのはそうではいけない。やりたくなくてもやらなければならない事もあるし、自分の意に反したこともしなければならない事もある。外から見るとやりたかった事をやっているようで、中身は全然違うなんて事もあるだろう。
そのような、やりたいこととやりたくない事の折り合いをつける事が仕事には求められる。
ここで私が言いたい事がある。この「折り合いをつける」事をせずに、やりたい事から逃げる言い訳にする人があまりに多いのだ。
やりたい事をやるというのは、実はとても難しい。特に遊びでやってるうちはいいが、仕事にしようとすると、それ相応のクォリティが求められる。それまで、なあなあでやっていたり、苦手だからと目を逸らしていた部分と向き合う必要が出てくる。今まで楽しくてやっていたはずの事が自分に牙を剥けてくるのだ。何度反復しても上手くいかず、あまつさえそれは他人にやれと言われた訳ではない。自分がやりたくてやっている事だ。
“やりたい事のやりたくない側面”とどれだけ向き合えるか、それが一番の成長の鍵だと思う。ここでいう、”やりたくない側面”というのは、仕事としてやっている時のやりたくない事とは違う。これは、自分の本来の仕事と違うことを強要されるという意味で、“やりたい事のやりたくない側面”ではない。それなのにこれを混同して、やりたい事をやらない理由、向き合わない理由にしてしまうのだ。
そこで踏ん張れない人が「思っていたのと違った」「才能がなかった」と言って去っていく。業界から離れた途端、界隈の批判をし出す人もいる。これは仕事として折り合いをつける以前の話だ。昔のバイト先で声優を目指していた子達がいたのだが、皆このようになってしまった。事務所に預かりになった子も居たが、ものの数ヶ月で事務所を出てしまった。
「才能があろうがなかろうが、最後まで立っていたやつが勝者だ。俺はそれになる」
15年来バンドやってきた相方の言葉ですが、これを胸に今日も日々生きていきます。
安井
